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大阪高等裁判所 昭和37年(ネ)1099号 判決 1963年10月23日

控訴人 小野原稔

右訴訟代理人弁護士 井藤誉志雄

同 木下元二

被控訴人 川崎製鉄株式会社

右代表者代表取締役 西山弥太郎

右訴訟代理人弁護士 石田文次郎

同 横田静造

同 岩崎康夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人を従業員として取扱い、昭和三六年七月一日から一ヶ月金一七、九五四円の割合による金員を毎月二〇日限り支払わねばならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、控訴人が昭和三五年六月九日から被控訴会社葺合工場に雇われ稼働中昭和三六年七月一日以降被控訴会社が右雇傭関係が終了したものとして取扱つていることは当事者間に争がない。

二、そこで、本件雇傭契約が終了したか否かを判断する前提として右雇傭契約の性質について考察する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(1)  被控訴会社葺合工場は工員雇入れの方式として従前四か月以内の試の使用期間をおく本工採用制度を採用していたが、昭和三四年二月以降鉄工業界の景気変動に対応するため、右工場中比較的景気変動に支配されない第三圧延工場を除く他の生産部門の工員雇入れにつき契約期間を一年とする臨時工制度を採用し、右本工採用制度と二本建の方式によつていたが、昭和三六年八月以降は右第三圧延工場においても右臨時工制度に切り換えた。

(2)  右葺合工場には、前記本工に適用する就業規則と別個に臨時工に適用する就業規則が実施され、臨時工就業規則には、控訴人が雇入れられた当時施行中の規則1の(3)の1の1(昭和三五年九月一日から施行された改正規則第5条1と同じ)によれば、雇傭期間が満了したときは、退職させる旨の規定が存したが、右期間満了のときに、所属課長より上申された本人の人物、勤務成績資料ならびに医務課の健康診断の結果に基づく総合判断により選考を施し(右選考基準としてABCの三段階を設定)、当時の会社の景気状況を勘案し必要人員を本工に採用する方式が採用されていた。そして、臨時工より本工に採用するに際しては、あらためて保証人二名の連署のある労働契約書を徴していたが、臨時工の採用日時の関係からその契約期間が月の途中で満了する者については、被控訴会社の事務処理を画一化する便宜上、一応右臨時工の契約期間を本人の承諾をえたうえ当該月の末日まで延長し(右契約期間延長の法的性質については後に判断する)、右期間延長の旨ならびに本工採用については延長期間満了時あらためて通知する旨を記載した通知書を発するとともに、本工採用となつた場合に備えて、採用と同時に提出すべき前記労働契約書(前記延長期間満了の翌月一日付)、同日付誓約書(「この度貴社から本工採用の通知を受けましたについては下記のとおり誓約します。云々」と記載したもの)の用紙をあらかじめ交付しておき採用通知とともにこれを被控訴会社に差入れるよう準備させていた。

(3)  右葺合工場において昭和三五年六月中採用された臨時工約四〇名中控訴人一名を除く他の全員が翌年七月一日付をもつて本工に採用されたが、当時過去一年間に臨時工に採用された者の中から本工に採用された者の比率は約六三パーセントで、臨時工の契約期間中自己退職する約二四、五パーセントの者を除き約一二ないし一三パーセントの者は本工に採用されない実情にあり、右本工不採用者は右期間満了とともに前記就業規則の規定どおり退職し、爾後引続き臨時工としてとどまることはなかつた(なお、右本工不採用者の率は昭和三六年七月以降当時の業界の景気下降に伴い約三〇パーセントに増加した)。

右臨時工は昭和三五、六年当時葺合工場従業員約五、七〇〇名中約七〇〇ないし八〇〇名位を占め、その作業内容は本工と格別異なることなく、その労働条件は本工就業規則と臨時工就業規則の規定を比較してみても、臨時工が本工より特に劣悪な状態にはなかつた。

右認定に反する原審証人小林久夫、当審証人錦戸誠の各証言は信用できない。

(二)  次に、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  控訴人は昭和三五年五月頃郷里の鹿児島県で被控訴会社葺合工場が従業員(工員)募集をしていることを新聞広告で知つたが、右広告には別段臨時工として採用する旨の記載はなかつた。しかし、控訴人がこれに応募して鹿児島県垂水市仮屋職業安定所垂水分室で受験した際に被控訴会社の労働課員松永栄より契約期間は一年の臨時工として採用するが、期間満了の際本工採用の選考をうける機会が与えられているから引続き本工として就労できる可能性がある旨の説明をうけた。その際控訴人に交付された労働契約書用紙にも契約期間は契約締結の日から一か年とする旨記載されており、また控訴人が右試験(現地における簡単な国語、数学の筆記試験と本社における面接、身体検査に合格後受領した採用通知書にも昭和三五年六月九日から同三六年六月八日まで一年間臨時工として雇用すると明記されていた。なお、右採用決定の際、被控訴会社労働課員より前記のように期間中勤務成績が良好であれば本工に採用される機会のある旨説明をうけた。

(2)  控訴人は昭和三五年六月九日被控訴会社葺合工場に右臨時工として採用されて以来同工場管理部作業課第二工程係に勤務し、勤務期間三八〇日を通じ欠勤は三日であつた。

(3)  被控訴会社は昭和三六年五月一七日頃同年六月中に契約期間の満了する臨時工につき同年七月一日付で必要人員を本工に採用するための準備として、右該当臨時工全員を職員食堂に集合させ、同年七月一日付の前記労働契約書用紙と誓約書用紙各一通を交付し、これらに本人ならびに保証人の署名捺印を得たうえ七月一日までに提出するよう申し伝えるとともに、契約期間を同年六月末日まで延期する旨の前記通知書に承諾の署名捺印を求めて差入れさせた。控訴人も右該当臨時工の一人として右期間延長の承諾書を差入れるとともに(右期間延長の点は当事者間に争がない)右労働契約書、誓約書用紙を受領しそれぞれに所定の署名捺印を了し同年七月一日付の本工採用を期待していたところ同年六月二九日被控訴会社整員課員は控訴人に対し本工に採用しない旨通知するとともに同月三〇日付をもつて臨時工雇傭契約期間が満了したので控訴人を解雇することに決定した旨の解雇通知書ならびに解雇予告手当を交付した。控訴人は本工不採用の理由につき右課員に訊したが、ただ総合的な判断によるというほか具体的な選考結果につき説明をえられなかつた。

原審ならびに当審における控訴本人の供述中右認定に反する部分は信用できない。

三、前段認定の事実関係によると、被控訴会社葺合工場の臨時工は、臨時的な作業に従事させるため短期間を限つて特に雇入れる本来的な臨時工ではなく、景気変動に対応して会社の雇傭量を調節することを主たる目的として設けられたことは明らかである。しかしながら、他面臨時工の契約期間一年の満了に際し当時の必要雇傭量を勘案し右臨時工より本工への登用制度が採用されており、本工登用の選考にもれた臨時工につき契約期間を更新することなく期間満了とともに退職させていたこと、ならびに、控訴人の在籍期間中の昭和三五、六年当時において臨時工の本工登用率は約六三パーセント(契約期間中に自己職退する者約二四、五パーセントを控除する)を示していたことに徴すると、本件臨時工には本工採用のためのいわゆる試用工たる性格をも兼ね備えていたことは否定しえない。(昭和三六年八月以降は本来の試用契約は全面的に実施せられていない)

しかしながら、本件においては、前記のように臨時工から本工登用への採否が終局的には当該時点における被控訴会社の雇傭量の需要如何に制約せられているのであるから、これをもつて、本来の試用契約、すなわち、一定期間内に労働者の適格につき価値判断を行い当該労働者を確定的に雇傭するか否かの決定権を使用者に留保し、比較的短期間(被控訴会社においては四か月以内と定められていたこと前記のとおり)を定めた労働契約と同視することはできない。

本件控訴人と被控訴会社間の労働契約に際して、右の意味における試用契約が締結されたものと認めるに足る疏明はない。しかも、本件臨時工は前記のとおりその作業内容において本工と同一職種に就業しているが、その労働条件については本工との間に格別の差別待遇が行われていたものでもなく、また、その雇傭形式においても、期間満了後の更新によつて実質上長期間の雇傭を継続する等の事蹟は全然なかつたのであるから、臨時工ないし試用工の名目の下に労働者保護特に解雇保護法規の適用を潜脱する意図を看取することはできない。

したがつて、控訴人と被控訴会社間の本件雇傭契約は、期間の定めにかかわらず実質上これを期間の定めのないものとして処遇する根拠はなく、一年間の存続期間の定めあるものと解せざるをえない。成立に争のない甲第四号証の記載ならびに原審証人吉田睦男、同原口政則の証言は右認定を左右しがたく、他に右認定をくつがえすに足る疏明はない。

しからば、本件雇傭契約の期間は控訴人主張のごとく試用期間を定めたものとは到底認め難いので、試用契約の成立を前提とする控訴人の主張は理由がない。

四、次に、控訴人は本件雇傭契約には試用契約のほかに期間の定めのない雇傭契約が併存していたと主張するが、右主張の理由のないことは前認定によつて明らかである。

五、また、控訴人は本件雇傭契約は契約期間満了後期間が延長されたことにより期間の定めのない雇傭契約となつた旨主張する。本件雇傭契約の当初の期間が昭和三五年六月九日から同三六年六月八日までの一年間と定められていたところ、被控訴会社が昭和三六年五月一五日控訴人の同意をえて同年六月三〇日まで延長したことは当事者間に争がないが、右期間延長の趣旨は、先に認定したとおり被控訴会社が同月中に契約期間の終了する控訴人らを含む臨時工のうち、本工に採用する者を同年七月一日付でまとめて採用する事務処理の画一化のためにとられた処置で、前記二二日間を限つて契約を更新したものと認めるのが相当であり、形式上短期間を定めた雇傭契約を締結し右期間の更新をくり返えすことによつて労働者保護法規の適用を脱がれようとする意図に出たものでないことが明らかである(被控訴会社が本件の場合労働基準法所定の即時解雇の取扱によつて控訴人に予告手当を支給したことは前記のとおりである)から、右期間更新の結果その雇傭期間が通算一年を超えることになつても当初の契約が当然期間の定めなき契約となつたものと解すべきではない。したがつて、控訴人の右主張は採用しがたい。

六、最後に本件雇傭契約は将来永続的な雇傭関係を保つ意思のもとに締結されたものであるとの控訴人の主張について判断する。

本件雇傭契約が期間の定めのあるもので、(当初の期間一年経過後にさらに期間の更新がなされたが、これによつて期間の定めない雇傭契約となつたものとみるべきでないことは既に判断したとおりである)右期間経過後も引続き雇傭を継続する意思のもとに締結されたものと認め難いことは前認定のとおりである。

しかしながら、先に認定したように、本件臨時工が本工登用制を兼ねた性格を有し、契約締結に際し控訴人に期間満了後本工登用への可能性のあることが告げられており、現に当時の被控訴会社における臨時工の本工登用率は大半を超える相当高率な実蹟を示していたものである。被控訴会社が控訴人に対し当初の期間満了前に前記のようにその同意によつて期間を更新し本工に採用さるべき場合の手続に備えて本工の労働契約書その他必要書類の調整を準備させた点は、被控訴会社の事務処理上の都合によるとはいえ、これまた、控訴人にとつて本工登用への期待を強化せしめるものであつたことも否みえないから、前認定のごとき本件雇傭契約の性質、控訴人の契約締結の経緯、情況等諸般の事情にかんがみると、控訴人において本件雇傭契約は期間満了とともに当然終了することなく本工登用の機会と可能性があることにより引続き継続すべきものと期待を抱いたことについてはそれ相当の合理性があつたといわねばならない。被控訴会社が前記のように控訴人に対し契約期間満了時、本工不採用の通知をなした際、「解雇する」旨通告しており、右「解雇」の語が雇傭契約を将来に向つて一方的に消滅させる趣旨の意思表示と解すべきでないことは本件雇傭契約が期間の定めのある契約である以上明らかであるけれども、臨時工が期間満了後本工に採用されることもあると期待しているため本工不採用の通知に信義則上「解雇」の語を用いたことは被控訴会社の自認するところであつて、右事実自体も本件雇傭契約には、期間満了後といえども本工登用の可能性によつて継続しうるものとの期待の存したことを裏付けるものである。

およそ、期間の定めある労働契約においても、右期間満了後も被傭者においてその継続すべきものと期待することに合理性のある場合には、右期待はそれ自体保護を受くべきものであつて、使用者において正当な事由なくして右期待に反し期間満了のみをもつて労働契約の終了を主張することは信義則上許されないと解するのが相当である。これを本件についてみれば、被控訴会社のなした本工不採用決定には正当の事由を要するものというべきであつて、本件雇傭契約の前記性格によれば、右正当事由はその臨時工たる性格からして被控訴会社における雇傭量調節の必要性の存在と、さらにその本工登用制をも兼有している点からして本工登用の基準設定ならびにその基準適用に合理性の存することを要すると解すべきである。

そこで、控訴人の本工不採用決定が正当であるか否かを考察するに、本件雇傭契約期間満了当時、過去一年間を通じ臨時工から本工へ採用されなかつた者が約一二ないし一三パーセント存し、昭和三六年七月以降は三〇パーセントに上昇したことは前認定のとおりであるから、右事実によれば当時の被控訴会社の雇傭必要量は臨時工全員を本工に登用すべき状態になかつたことは明らかである。本件の場合昭和三六年六月三〇日をもつて期間の満了する控訴人ら約四〇名の臨時工中控訴人一名のみが本工採用の選考にもれたとしても、景気変動に対応する雇傭量の調節は通常の場合一定の期間的予測の上に行われるものであるから、偶々右一定時点における事象のみをとらえて被控訴会社に右雇傭量調節の必要性がなかつたものとは速断しがたい。そこで、さらに、控訴人の本工不採用の基準適用の適否についてみるに、本工の採否が当該従業員の人物、勤務成績ならびに健康状況等の総合的判断に基づき決せられていたことは前認定のとおりであつて、控訴人の出勤状況が良好であつたことは前認定のとおりであるが、当審における証人吉丸清治の証言によると、控訴人に対する前記判定の結果はABC三段階中Cに位し、Cは控訴人一名のみであつて、他に二名合格基準のボーダーラインに上つた者があり、被控訴会社は控訴人を含む右三名については当時人員を必要としていた厚生課要員への配置転換を考慮したが、同課も二名しか充員能力がなかつた結果、控訴人一名のみが本工不採用となつたというのであつて右判断の具体的資料は開示されていないけれども、控訴人が本工に採用された他の同僚工員と少くとも同等の本工適格を有していたことについてはこれを首肯せしめるに足る疏明はない。控訴人は被控訴会社葺合工場内の民主青年同盟の労働者と接し労働者としての自覚を深めていたことが被控訴会社の忌諱にふれたため、控訴人一名のみが本工不採用となつた旨主張し、原審ならびに当審における控訴本人の供述によると、控訴人が葺合工場内の民主青年同盟に加入し昭和三六年四、五月頃工員寮収容人員一室八名の処遇に対する反対運動に参加したことが認められるけれども、控訴人の右行動が特に被控訴会社の職制その他幹部の注目するところとなつていたことについては未だ当裁判所の心証を惹くに至らず、未だ控訴人の推測の域を出でないものと認められ、当審証人錦戸誠の証言も右認定を左右しがたい。

結局以上考察したところによれば、控訴人を本工に採用しなかつた被控訴会社の決定には正当性があるというべきであるから、被控訴会社が昭和三六年六月三〇日の期間満了とともに控訴人との雇傭関係の終了を主張し、その就労を拒否することに違法はない。

七、しからば、本件雇傭契約は昭和三六年六月三〇日の経過とともに終了し、控訴人は被控訴会社の従業員たる地位を失うにいたつたものであるから、右従業員たる地位を有することを前提とする本件仮処分申請は理由がない。

よつて、右申請を棄却した原判決は正当であつて本件控訴は理由がないからこれを棄却し、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 沢栄三 判事 斎藤平伍 中平健吉)

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